そもそも96年に文芸春秋から「患者よ、がんと闘うな」が現在の主張の原点となった。

医学界からすれば強烈な批判と暴露の連射攻撃に近藤包囲網を敷いたくらいだ。

あれから20年近く、モンスターと闘っている近藤先生の生命の強靭さに頭が下がる。

渋谷のサクラ道を下りながら肌に寒い風が当たりながらも心熱くなった夜であった。

 

その1)体操をしようよ!

舘ひろし、草刈正雄などかっこいい男優が還暦も過ぎる頃から

カッコ悪い老け役が回ってくるのが最近の傾向らしい。

舘ひろしの 「終わった人」がそうだった。

引き続き草刈正雄と言えば60代以上の女性にとって憧れの映画スターであった。

その彼が「体操をしようよ」で新たに還暦デビューした。

いずれも長身でがっちりタイプのいい男がまるっきり馬鹿にされた後半の人生をもがく姿が痛々しい。

頑固一徹真面目一筋は両者に共通するキャラクターだ。

だから定年退職後は自分の居場所が作れない。

いわゆる介護でいうところの社会的フレールという奴だ。

社会的なコミュニケーションが取れないで孤立無援の世界を孤独に生きる。

仕事一筋で人生を歩んできた男性社会に共通する悩みだ。

女性のように仕事とは関係ない隣近所の人々と井戸端会議ができない。

サラリーマン時代に培った能力を周りに強制しようとする。

まさに誰もそんな哀れな年金おじいさんに誰も寄り付かない。

朝のラジオ体操は近所との融和を図る唯一のスタートだ。

音楽療法の先生によると、ラジオ体操の音楽が一番高齢者にとって身近に懐かしく感じられる音であるそうだ。

わたしも出張先でラジオ体操の豚さんのグッズを持ち歩いている。

そろそろ25年問題を控えて団塊世代の社会的フレール対策を講じないと大変なことになる。

体操をしようよ!はそんな警鐘を示唆していた。

その2)小規模多機能居宅介護の魅力

先日、川崎駅の近くに小規模多機能居宅介護
「ひつじ雲」を見学に足を運んだ。

この施設はこの制度ができた当初から注目を浴びてきた。

しかし柴田理事長さんは設立した当時の苦労をこんなように語っていただいた。

まずは行政からの支援が少なく設立する予算が足りない。

そして小規模多機能経営は報酬が極めて少ない。

つまり民間力に頼っている行政にとっては都合がいい経営スタイルなのだ。

経済的基盤が極めて貧弱な施設は経営が続かずに「当時からの施設は殆ど残っていない。

 

「ひつじ雲」は川崎駅のラゾーナ施設という近代的イベントショッピングモールに、こんな下町風の

住宅街にひっそりとあったとはまるで昭和30年代にタイムスリップしたような気がした。

更に中に入ると普通の家庭の作りになっており、特別に介護施設的空間が感じられない。

それでいて洗面器の高さの調整は自由自在にお風呂も自力で入浴できるような工夫が凝らされている。

なるべく自力支援をモットーに介助をなるべくしないよう見守っているということであった。

ちょうど4時前であったのでリビングの真ん中ではリクの最中。

リード役の講師がギターを片手に懐メロの伴奏をし、通いで来たお年寄りを楽しませている。

その講師も近所のボランティアさんであるといいうこと。

予算が少ない分だけ周りからのボランティア活動をしてくれる人が自然に集まってくるのだという。

ひとえにスタッフや施設管理者の人柄の賜物と思う。

とにかスタッフの勤続年数が長いのも利用者に安心感をもたらす。

我が中原区にもサテライト「くじら雲」がある。

こんな気楽に通える小規模多機能の活用次第で近所の仲間と交友しつつ

最期まで馴染みの自宅で一生を終える。

これこそが最高の人生ではなかろうかと思った。

 

その3)近藤誠セカンド・オピニオン外来

11月23日講演会当日に発売された最新刊。

早速、会場で著者直筆のサイン入りで新刊を手に取って一気に読破した。

生々しい最近の癌で死亡した芸能人の症例を出して、その裏事情を熱く語っている。

そしてノーベル賞受賞でガンの四つ目の治療法として免疫療法が注目されているが

その開発商品オブシーボがきわめて副作用が強いと談判!

私にとって最終章「がんでもふつうに暮らし穏やかに逝く極意」という在宅緩和ケアのすすめ

の項目が介護アロマ講座にも訴えられると強く思った。

近藤先生こそ我が師と会場ではノーベル平和賞にふさわしい真の庶民の味方であるとメッセージを観客からアピールした。

万雷拍手で講演会は幕を下ろした。

 

 

 

熱血漢近藤誠医師は80年には外科手術の急先鋒役を担って

ガン手術を積極果敢に行ってきた過去がある。

その同じ人物が今やガン放置療法を同業者に臆することなく庶民の味方となって

君臨している。

そもそも96年に文芸春秋から「患者よ、がんと闘うな」が現在の主張の原点となった。

医学界からすれば強烈な批判と暴露の連射攻撃に近藤包囲網を敷いたくらいだ。

あれから20年近く、モンスターと闘っている近藤先生の生命の強靭さに頭が下がる。

渋谷のサクラ道を下りながら肌に寒い風が当たりながらも心熱くなった夜であった。

 

 

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