私の履歴書８０年代前半～スポーツトレーナー時代

「箱根駅伝選手とクリスマスの思い出」

私にとってクリスマスのお題をいただいたが、残念ながらあまり思い出もなく、クリスマスとは無縁で、筆を起こすのに時間が珍しくかかった。しかし思い出のかけらが少しでもないかと過去を思い巡らした。「男はロマン」という柄でもなく、若いときは定職に就く間も、転職し、放浪の旅であった。

人生を振り返ってみると、一番私が輝いていた３０代のスポーツトレーナーとして仕事をしていた時のことをふと思い出した。それは、まだトレーナーとして駆け出しのころで、バブルが始まる前の８０年代前半であった。

ある箱根駅伝選手と偶然、出会った。その頃、有名選手などは雲の上の存在で、まだまだアマチュアの選手を相手に、まだ当時はトレーナーがついていない学生さんを手始めに活動をし始めていた。学生さんの駅伝選手は私にとって格好の相手であった。まだ学生の身分ではチームにましてや個人的にトレーナーをつける時代ではなかったのが幸いした。つまり私のトレーナーのスタートとしては好都合であった。ご存じのように箱根駅伝は正月二日から三日にかけてライブ中継で実施して民間の独占放送であった。当日実際に走る選手は１０人だがエントリーできるメンバーは１４人いる。当日までメンバーの入れ替えもある同じ大学でも熾烈な戦いがすでにスタート前から始まっている。彼は社会人入学してまで箱根駅伝を目指そうと関東の駅伝有力校に進学した。師走もクリスマスの頃になると、世の中の浮かれムードに浸っているなどの余裕などありはしない。本番を前にして肉体的にも精神的にも悪戦苦闘の真っただ中である。ほかの駅伝選手同様、彼の心安らぐのは正月明けの三日の夜であった。それまではクリスマスも正月もお預けなのである。しかも、彼の場合、３年になってはじめて１４人のメンバーに選ばれ、なおかつ１０人の当日走るメンバーに選ばれるかどうか当落のボーダーラインにいたからなおさらクリスマスとは無縁であった。また、当時の駅伝選手のトレーニングは今のように科学的根拠に基づいた方法でなく、ただ黙々と走れば強くなるというような鍛錬の仕方で、ましてやメンタルの重要性などはまるで頭にはなかった。私自身は元々心理療法士を目指していたこともあって、針きゅうマッサージの資格を取ってからも、精神的ストレスやメンタルに強い選手の育成に興味を持っていた。この出会った駅伝選手にタイミング的にはチャンスと思い、彼もその新しい試みに応えるように素直に私のメンタル強化に興味をそそった。３年次は１０人のメンバーにぎりぎり選ばれたこともあって、アロマはじめとするメンタルプログラムを加えることで本番も動揺することなく４区の海岸線沿いの向かい風をものともせずに走り切った。その翌年の最終学年はすでに１０人のメンバーに選ばれていたこともあって、私は直前のクリスマスにある仕掛けをしたのだった。従来ならクリスマスなどの行事も無頓着にひたすらトレーニングに集中していた時期であったが、私はこの年のクリスマスは思い切ってトレーニングを休ませ、クリスマスを存分に一夜を過ごす計画をしたのだった。しかも山下達郎の今では定番の「クリスマスイブ」の新曲がリリースした年であった。彼の場合は従来、癒しの曲で心を落ち着けるのにかけていたが、この曲はクリスマスソングのラブバラード風でなく気合を入れるような刺激的な曲で彼の耳を襲った。そしてアロマの香りはクローブはじめヨーロッパの定番の精油レシピを元に彼にその日だけは芳香療法を試みて安眠に導いた。後日、直前のあのクリスマスの一夜が自分でも最終日の順位を決める９区を任せられた時にもプレッシャーを感じることなく、首には例のクリスマス精油を嗅ぎながら気持ちを高揚させたことを告白したのでした。そして彼はその後の人生にも勝負時には必ずこの香りと山下達郎の曲をかけ、気持ちを奮い立たせたということであった。私自身もその後、大手のスポーツ会社にトレーナーとしてゴルフやテニスのプロの選手にアロマのメンタル強化をプログラムの中に組み入れようと、駅伝選手の経験から思いました。箱根駅伝選手の私の淡いクリスマスにまつわる思い出が今も脳裏をかすめてなりません。

スポーツトレーナー時代の当時全日本テニス男子ランキング第一位の福井烈選手とともに