医療系小説というと「白い巨塔」に代表される外科など華やかなスキャンダラスな医療の暗闇が取り上げられることが多い。エンターテイメント性があるからであろう。
このサイレントブレスという著作に関してはエンターテイメント性という点では、もっとも遠い位置にある地味な訪問医療の話が中心である。
しかし南杏子のデビュー作にこれからの在宅医療・在宅看取りの理想をみた。実話に近いノンフィクションと思う。
医師としてのエリートコースである大学医局員で、総合診療科に所属していた
主役の水戸倫子先生は、急遽、大学から地域医療の訪問クリニックに転属を教授から言い渡された。サラリーマンで言えば左遷というところであろうか?
ショックの中で次第に訪問クリニックの医師として華やかな大学病院では経験できなかった医療の在り方を訪問先の人生ドラマを通じて職業観が変わっていく。
命を助け、病気を治すことが医師の最大の役目かを自問自答し苦悶する。
表表紙の裏にタイトルの「サイレント・ブレス」の注が載っていた。
「静けさに満ちた日常の中で、穏やかな終末を迎えることをイメージする言葉です」とある。
寄り添う医療・自分が受けたい医療とはどんなものかを考え続けてきました。とその著者の考えが私の心奥底に、いたいほど伝わってくる。
ブレス1が「スピリチュアルペイン」
ブレス2が筋ジスの患者を扱った「イノバン」
*イノバンとは心臓のポンプ作用を強める点滴薬剤であるが、ここでは「命の番人」とユーモアの名前としてタイトルがつけられた。
いずれもブレス1~3は共に最後の方のページにアロマの香りが登場する。
介護アロマがこの作品ではさりげなく語られている。
そしてブレス6の最終章がタイトルの「サイレント・ブレス」は父親との死別までの死に行くプロセスを克明に記している。
冒頭にエンターテイメント性はないと断言したが読み進めていくうちに
どの章にも推理小説にも似た思わぬどんでん返しが待ち構えている。
作家としても私は有能だと思う。単なる医療小説ではない。
そして、在宅医療に関心のある方なら一度は紐解いてほしい作品である。
最後は終の棲家で命を終わらせたいと思っているあなたに、手元にこの小説を置いておかれることをお勧めします。