言葉は理性の道具、音楽は情緒の道具と言われる。

アロマテラピーは大脳辺縁系に直接刺激が入るので、音楽同様、深い情緒の道具とも言える。

西洋の世界ではホスピスケアに讃美歌は癒しの世界に誘うせいか、キリスト教の宗教観が西洋人には根付いているせいか、ガン末期の痛みのコントロールにも有効に働く。

日本人的魂に訴える音楽が和太鼓だったり、尺八、津軽三味線の音色こそ枕元に流れる魂の叫びであり、共感を呼び起こし明日への希望をもたらすことであろう。

それにお香の漂う空間があれば聴覚と嗅覚の相乗効果がもたらされるであろう。

実は音楽の効果は末期がんの患者に対して痛みのコントロールやアメニティよりもコミュニケーションとしての手段として期待されているというアンケートの結果がある。

つまり麻薬や周りの環境よりもコミュニケーションとして患者は一番、望んでいるという事なのです。

まさにシシリーサンダース女史の「not doing but being」に象徴される事実がそこにある。

音楽や芳香は非言語的なコミュニケーションツールとしてスピリッチュアケアとして霊的痛みを救い上げるのであろう。

死後の世界の希望をもたらし、この世に未練なく死の受容を受け入れ命のリレーを素直に受け止められる境地に達した時に尊厳死が果たされることと確信する。

在宅見取りが推進される中で、こうしたプロセスに至る環境整備が必要と思える。

お盆休暇に今さらながら「命」をそして、「看取り」を考えるいい機会となった。

 

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